海洋生物の酵素タンパク質研究 

〜Marine Enzymeの魅力〜

 「Marine Enzyme」とは、海洋生物によって生産されるタンパク質の中で酵素機能をもつものの総称です。海洋は、陸上と比べると特殊な環境にあると言えます。そこで暮らしている生物の営みは、環境に適応した生命活動によって支えられています。それを担っているのは、一つ一つの細胞であり、その細胞の中では、様々な機能をもつタンパク質が生合成され働いています

 「Marine Enzyme」の研究は、海洋生物のユニークな生命活動の理解につながります。さらに、そこで発見された有用な酵素は、産業的に利用され人類の発展、我々の生活に恩恵をもたらします。人類がこれまでに機能を十分に理解している酵素は、自然界に存在するもののほんの一部です。また、2030年までに持続可能でより良い世界を目指す”持続可能な開発目標”(SDGs:Sustainable Development Goals)にも貢献が期待されています。

 私たちの基本の研究スタイルは、タンパク質を扱って実際にその機能を調べることです。タンパク質の機能は、アミノ酸配列によって決定されています。そして、その配列は遺伝子の塩基配列情報としてゲノムDNAに格納されているため、ゲノムの塩基配列が明らかになると、どのような配列のタンパク質をその生物は作ることができるのか、ある程度知ることができます。基本的に、アミノ酸配列が似ているタンパク質は、お互いに同じような機能をもつ場合が多いです。しかしながら、アミノ酸が一つ異なるだけでも機能に差が生じる場合もあります。

 DNA自身はタンパク質の設計図であるため、どれだけアミノ酸配列が推定されてもそのタンパク質の真の機能を理解することは困難です。また、既知のタンパク質と似ていない、すなわち独特なアミノ酸配列をもつタンパク質の機能を推定することは大変難しいことは言うまでもありません。

 DNAやRNAはどのような生物から抽出しても基本的に取り扱い方法は変わりません。そのため、これらの実験技術はテキストに従って習得することが比較的たやすく、生物種を問わず広く活用することが可能です。各種実験キットも多数販売されており、原理や仕組みを知らなくてもマニュアルに従って操作することでそれなりの結果を得ることができます。

 タンパク質の機能を次々と調べることができれば、生物の仕組みを正確かつ詳細に分子レベルで理解できると誰もが思うことでしょう。ところが、同じ生物由来のものでも、タンパク質によって扱い方が異なるのが普通です。一つの細胞からタンパク質を取り出しても、それぞれのタンパク質は個性をもっているかのように特徴が違っています。そのため、目的のタンパク質の性質に応じた取り扱い方(保存条件や反応条件など)の検討が必要です。また、DNAは非常に安定であるのに対して、タンパク質はすぐに変性して機能を失うものも多く、DNAのように長期間保存しておくことはたやすくありません。

 実際の研究では、天然または組換えタンパク質の調製と精製、精製酵素を用いた活性測定などの性状解析を通して、機能の解明に取り組みます。簡単に良い結果が得られることはまずありません。対象としたタンパク質の様々な特徴を理解しつつ、最適な取り扱い方法を確立していきます。

 予想もしない機能を発見した時の驚きや感動は、自ら手を動かして経験することでしか得られないものです。これまでに学んだ生物、化学、物理などのサイエンスの知識を駆使し、努力を続けることでしか、誰も見たことがない一歩先を最初に目にすることはできません。

 21世紀に入り、塩基配列解析技術は急速に発展し、様々な生物のゲノム・遺伝子情報が20年前では考えられないほど簡単に調べることができるようになりました。これにより、海洋生物の理解も進みましたが、実際にタンパク質レベルで機能を調べる重要性も改めて認識されるようになりました。

 「Marine Enzyme」には、まだまだ未知なことが多く、その研究成果が新しい現象の発見にもつながる可能性もあります。四方を海に囲まれ、古来より海の恩恵を受けてきた日本で、世界をリードする「Marine Enzyme」の研究がさらに発展することを願ってやみません。